Filter
朝、目が覚めた瞬間から俺は俺になる。
薄いフィルターで自分を覆って、溢れないように、溶けないように。傷が入ったら途端に弾けてしまうからのフィルターのメンテナンスは大切だ。
まずは歯を磨いてシャワーを浴びる。それこそフィルターを傷つけてしまわないかって?寧ろこれはフィルター強化の儀式であって、厚みのないフィルターの濃度を濃くするもの。勿論、濃度が増したって透明度は変わらない。これも磨かれていくものだからだ。
それからぽたり、落ちる雫を乾かして今日の色を決める。流行りのブルーもハズした赤も、なんでも自分のものにしてしまえばいい。一軍と称するお気に入りのTシャツを眺めて手に取るのは二軍のTシャツ。ハズレのないお気に入りでキメた今日の俺は超オシャレ、だなんて自画自賛の笑みも自然と。
大丈夫、メンテナンスはしっかりできているし、鏡に写る俺は俺だ。左右対称の俺が微笑みかけてくる。鏡にも他人の目にも写らない無色透明無味無臭のフィルターに香水を含ませたら少し美味くみえるだろうか。学生時代に流行った蒼が香った。
左手の人差し指には誓いのような指輪を。
右手には運命のバングルを。
頭の先から爪先まで完璧に仕上げて家を出る。
停まっていた車に乗り込むと今の俺に合う音楽を取り込んで進む先まで。
「今日の服いいっすね」
「そう?」
「いつものとこっすか」
「うん、ひとめぼれでね」
流れるような会話、戸惑いはない。いつもの俺だ。言葉もカプセルに包んだり、はちみつでコーティングしたり…フィルターを纏った俺は100%。
車を降りると心地よい風が吹き抜けて少し、暑い。待ち合わせの部屋に向かう途中でコーヒーの香りがした。
「おはよ。飲む?」
「サンキュ」
受け取ったブラックコーヒーはほろ苦くて隣を歩く甘ったるい男に似つかわしくなかった。そっと腕に目線を向けると、俺のセンスが鋭く光っていた。うん、満足だ。
ふたりで部屋につくと、既にひとりが寛いでいる。派手に音楽をかけながら携帯に集中する彼の金色の髪がふわり。
「おっはよ、待って、今、やばいから」
「またゲーム?コーヒー飲む?」
「飲む飲む!置いといて」
画面から目を離さない男と少し離れて座るとまたコーヒーを一口。流し込んでしまいたい暑さだが、少しだけ勿体無い。
僅かに遅くまた扉が開くと俯きがちに「おはよ」の声。コーヒーの誘いを受けて笑うと大きな鞄を置いて腰を下ろした。大きな鞄から出てくるのは大量の紙と文字。真面目なやつ。ブラックコーヒーみたいなやつ。
ここで他愛ない話をする時間はとても居心地がいい。時にフィルターが薄れてしまうほどに。彼らもそれぞれのフィルターを持っていて、随時調節している。年を追うごとに上手くなっていくものだ、秘密を含むことが。
さぁ、夜がやって来る。
準備は整った。
声が聴こえる。
幕が開く。
ねぇ、俺は、だぁれ?